kun-chan
今日の語りの講師は、とても素敵な方だった。80歳をこえていらっしゃるのに、お元気で頭脳明晰、軽妙で厳しい方のようにお見受けした。けれども、人に対する視線は優しい。個人のお名前を出すのは憚られるので、ここでは語りのおばあさんとさせていただく。
私は今日を楽しみにしていた。あるお話会でこの方の「葉っぱの魔法」という話の語りを聞き、それが心に残っていたからだ。「オレンジ色の犬がほしいな。オレンジ色の犬がほしいな。しゅっしゅってしっぽを振るオレンジ色の犬がほしいな」と願った少年が主人公。すると、オレンジ色の葉っぱがからかうように、犬のようにじゃれながらついてきた。家にも、学校にも、校庭で遊ぶときにも。葉っぱは別に悪さをするわけじゃないけど、離れてくれない。犬ではないのに、犬みたいな素振りをして、少年にまとわりつく。それが少年には嫌なのだ。とうとう、助けをもとめて、海辺の小屋に住むおじいさんに少年は会いにいく。そして最後のあっと驚く結末。
少年の心の動きがよく描かれていて、語られる少年はまるでキテのようで可愛らしかった。なんでもキテだと思うのは悪い癖だが、親ってばかですね!私は少年がでてくる話が好き。
話を元に戻すが、彼女の語る「葉っぱの魔法」を聞いてから、私の心のなかにはオレンジ色の犬がずっといる。本当に! 嘘だと思うかもしれないけれども、よく語られたお話を聞いて心に描いたものは本当に長いこと心に残るのだ。少年が欲しくて欲しくてたまらなかったオレンジ色の犬。私もお話を聞きながら、その犬をしっかりと心に描いた。すると、紅葉を見てオレンジ色の犬を思い出し、あったかい気持ちになったりする。魔法でしょう!
kame to utubo
さて、今日の語りのおばあさんにこんな疑問を聞く機会があった。「昔話には不思議な展開のものがあり、頭で考えると理屈に合わないことがよくある。でも、その話を魅力的だと思うとき、わからないところはざっくり捉えて不思議というひとくくりで語ればいいのでしょうか。」
おばあさんは、「私は自分が好きな人(木々や動物)が出てくる話しか語りません。それを、頭をなでるような気持ちで語っています。でも昔話の登場人物で本当に嫌な人物っていないでしょう。いじわるばあさんもどこか近所の身近な人に似ていたりしませんか。」「私は本当に不思議な話は語らない。おじいさんやおばあさんや、人間がたくさんでてくる話が好きです。特に、私はおじいさんと少年が出てくる話が好きなの。それが語り手の個性なのでしょう」と、笑って仰った。
この方のお話には個性的な登場人物が出てくるものが多い。しっとりとして不思議な展開の叙事詩のようなお話はこの方は語らない。多分、そういうものを語るに向いている人は他にいる。私の質問は的外れだったのだ。それなのに、真面目に考えながら答えてくださったのが嬉しかった。こんなことは自分で考えることだっだのに。
他にもいろいろとお話してくださった。80年生きてこられて、そのなかで考えたことを惜しげなく話してくださった。
自分ひとりでいい人になろうとしても絶対に無理ですよ・・・
人を育てるのは人しかいません・・・
聞き手は話し手の鏡です・・・
お話に出会うことで人生が変ることもあるのです・・・
文字にしてしまうと当たり前のありふれた言葉になってしまうのが残念。語りのおばあさんから直接聞くととてもよかった。
語りのおばあさんは、小さいころお母さんにとても可愛がられて育ったそうだ。貧しくて学校にはいけず文字の読み書きは出来なかったお母さんは、それでも頭のよい方だったようだ。耳学問で覚えた歌舞伎や浄瑠璃のセリフを、子どもたちによく語ってくれたという。「ねずみの小判干し」という日本の昔話がある。語りのおばあさんは大人になってからこの話を聞き、「お母さんの声に聞こえた」という。そして、すぐにテキストを覚えて語った。それ以来、この話を語るときはいつもお母さんが後ろに立っていて、自分に語らせてくれているような気持ちがするという。今日はこの「ねずみの小判干し」も語ってくださった。軽妙に話が前へ前へすすみ、愛すべき人間とねずみが出てくる楽しい昔話だった。
「歌は適当よ・・・」と笑いながらも、受講者から「お話に合っていてとても良かった」と言われると、「ありがとう」とお笑いになる。素敵な語り手だった。
☆この文に出てきた本☆
「魔法使いのチョコレートケーキ」マーガレット・マーヒー作 石井桃子訳(福音館) *「葉っぱの魔法」はこの中に入っているお話です
ijimekko
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